山荘のご家族

今日の山荘は霧の中。

時々例の下手くそな鳴き声のウグイスが鳴いている。

ここに来た当初は、あちらこちらでウグイスが鳴いていた。

6月の初め頃には、恋の争奪戦の真っ最中だった。

縄張り争いで一段と激しく朝から日が暮れても鳴いていた。

この下手くそなウグイスの声がひときわ大きくて、制作をしながらも度々気になった。

それが今は1匹だけ、大きな声が聞こえてくる。

 

宿に来て、2ヶ月と少し、滞在させていただいている。

この宿との出会いは妻がまず対馬に行ってくると、彼女の妹と二人で訪れたのが最初のこと。

再度二人で宿を訪れて、僕に対馬の事、宿の話を話してくれた。

そして去年この宿に妻と二人で滞在して、対馬の自然の豊かさを体感して、僕もこの島が好きになった。

その時に宿で知り合った女性と三人で神の岬に行って、仲良くなった。

その女性が言うには、僕は今年春から一年程対馬に滞在すると、僕の運気が上がるという事だった。

初めは興味がなかったが、宿の主人も飯はただでいいから、絵を描いてくれと言ってくれていた。

そんなことがきっかけで流れるように、対馬にやってきた。

 

この宿に客として泊まったことはあったが、家族の一員として馴染めるか不安だった。

見ず知らずの他人が、自分の生活にもう一人加わると言うのは、自分に置き換えて考えるととんでもない事だ。

僕なら断るに違いない。

 

初めて宿の炊事場で皆さんと一緒にご飯を食べた。

宿の末っ子の男の子が、「おじちゃん」と人懐っこくて、助かった。

こんな面白くもない、55歳のおじさんを家族の一員として、引き入れてくれた。

宿の主人は個性的な人で、自分の意見を強く持っている人。

面倒見が良いが、少々お節介に感じることもある。

度々、僕が作品を制作している部屋にやってきて、挨拶がてら色々話しかけてくれる。

とても優しい人だ。

その個性的なご主人を手伝いながら、宿を切り盛りする奥様。

自分の事を置いておいて、主人やお客様、子供達の為に一日中働いている。

宿の主人には逆らうこともあるが、この奥様には頭が上がらない。

 

おばあさまは、山荘の下にある畑で野菜を作っている。

この野菜がとても美味しい。

山荘の周りにいくらでもある、腐葉土が美味しい野菜作りの秘訣らしい。

明るいお母様で、家族の雰囲気を作っている。

おじい様は、このペンションを作った方。

絵がお好きで、一緒に絵を描かせて頂いたりしている。

上の男の子は野球少年だが、生徒が少なく中学に野球部がないので、たまにキャッチボールの相手をさせてもらう。

これが良い運動だ。

上の娘さんはしっかりした娘さん。

茶道を習っていると言うので、妻とお茶を立てたりする。

とても素敵な家族だ。

 

僕は他人の家族に関わることも、知る機会もなかったので、こんな経験をさせていただいて、本当にありがたい気持ちで一杯だ。

残りあと4日、感謝して丁寧に暮らそうと思う。

霧の中の山荘

 

島での生活も、残りあと5日になった。

今は宿の主人の依頼で、横180センチ×縦1メートル龍の絵を制作している。

 

宿の主人が以前福岡に行って、ひどく疲れたと言っていた。

僕も今はこの島の暮らしに慣れてしまっているので、街の暮らしに戻れるか少し不安である。

島での暮らしは至ってシンプルだ。

朝6時半に起きて、犬の散歩に行って、帰って来ると朝飯までの間絵の仕事をする。

その間に宿の主人は娘さんを町の高校迄車で送って行く。

9時頃帰ってくると、朝御飯を頂く。

昼まで制作をしたり、野糞をしたり、晴れたら洗濯物を干したり、布団を干す。

昼頃主人が街まで買い物に行く。

たまに一緒に行って、ビールやお菓子など買って来る。

買い物がない時は宿で、制作する。

夕ご飯の前に犬の散歩に行き、帰ってくると皆さんで夕ご飯を食べる。

子供が遊んで欲しいとやってきたら、一緒に遊ぶ時もある。

風呂に入って、寝るまでの間、制作をしたり、テレビを見て過ごす。

11時半頃マンガを見ながら寝る。

 

そんな暮らしをしている。

悩み事と言ったら、虫に食われたり、植物でかぶれたりて身体中痒い事。

くらいか、別に不自由なく暮らさせていただいている。

信号もなければ、人と出会わないので、人目を気にすることも無く、髭も伸び放題で、髪も伸びてきて、宿の主人に「山川カッパ」と名前を変えろ言われている。

 

周りに自然しかない事。

とてもシンプルで、慣れれば暮らしやすいものです。

夕暮れ時に岬から長崎の方を見る

 

神の岬

今日は久しぶりに午後から雨が降っている。

昨日の夜はチビちゃんの事を考えていたら、なんだか寝つけなくなった。

猫との出会いは、いい思い出もあるが、何故か悲しい思い出が多い。

 

チビちゃんが亡くなる前日は、対馬で一番好きな所、神の岬に一人で出掛けた。

宿の主人に岬の入り口まで車で送ってもらい、2時頃戻ると言い残して、山道を上り始めた。

この対馬最南端の岬の何が素晴らしいかというと、標高100m程の、獣道のような深い森の山道を進んでいくと、所々に突然視界が開けて、眼下に海が見えるところと。

岬の突端からは何もない、どこまでも続く海と空。

それが良い。

 

今回は中程の断崖の上の眺めのいい所まで行って、折り返して途中から海に出て、大きな岩棚の上でご飯を食べてビールを飲む予定。

地形図を見ながら道のない木々の間を降って行き、岩棚にたどり着く。

そこで海を眺めながら宿の主人が作ってくれた弁当を食べる。

卵焼きにウインナー、おにぎり。

宿の主人は口は悪いが優しい人だ。

帰りは山道では無く海岸線を歩く事にする。

行けるかどうかわからなかったが、行ける所までと行って、ダメだったら山を登ろうと行ってみる。

途中プライベートな素敵なビーチを見つけ、すっぽんぽんで初泳ぎ。

その後崖を登ったりしながら登山道の入り口に着いて時計を見ると、1時59分45秒。

僕には良くある不思議な感覚だ。

美しい入江

 

子猫の死

子猫のその後ですが、おばあさんに預けられたが、ミルクを飲まないというので、再び僕が預かる事になり、嫌がる子猫にミルクを無理矢理飲ませ続けた。

そのうちにうちの新潟の妻から、注射器(シリンジ)が送られて来た。

これが具合が良かった。

子猫用のスポイトで上手く飲ませられなかったのが、このシリンジというのが、歯の隙間に上手く入り、子猫に飲ませる量も増えた。

相変わらず子猫に時間を取られ、それでも小まめに無理矢理飲ませていた。

日に日に元気になり、そのうちに自分からシリンジの先を噛むようになり、暑くなり喉も乾くのだろうか、飲む量も格段に増えて行った。

オーナーから過保護だと言われたが、猫が元気な事が嬉しかった。

でもあと10日程で新潟に帰らなくてはいけない。

引き継ぎをどうしたら良いだろうと、悩んでいた。

 

4、5日前の事、猫の扱いについてオーナーと口論になり、「お前はもう面倒みんでもええ」と猫を取り上げられた。

もう新潟に帰ろうかと、自分の荷物をまとめて、街まで歩いて行こうかと本気で思ったが、そこはなんとか堪えた。

 

どうやらまたおばあさんのところに預けられたらしい。

おばあさんにミルクや、妻から送られてきたシリンジ、猫缶などを渡して、再び面倒をお願いした。

その後おばあさんからよくミルクを飲むと聞かされていた。

おばあさんの家の近くに行って猫の鳴き声が聞こえると辛いので、おばあさんの家に近づかないようにして、全てをお任せする事にした。

少々雑に扱われても逞しく生きてくれると思ったし、その時の子猫はそれくらい力強かった。

 

それが今朝の事、起きて、森のトイレから帰ると、死にそうだとお婆さんが子猫を抱えている。

見るとタオルに包まれ、おばあさんの膝の上で弱々しく鳴いていて、もうダメだろうと見てとれた。

おばあさんから預かって、平な布団の上に寝かせ、強引に水を飲ませたが、何度か足を伸ばし引き攣らせている。

もしこの子が助かったら新潟に連れて帰ろうかと考えていたが、暫くして息を引き取った。

 

静かに安らかにと、森の奥に埋めてあげた。

 

子猫ちゃん、安らかに

 

 野グソの習慣

対馬のほとんどは、下水が整備されていない。

島1番の繁華街にあるホテルに泊まった事があるが、そこですら汲み取り式トイレだった。

島ではバキュームカーが走っているのを良く見かける。

バキュウムカーの運転手は給料が良いらしく、宿の主人によく勧められる。

 

ペンションに来てしばらく、良いうんこが出なかった。

ある日林の中で用を足したら、良いのが出た。

それから野でする習慣が付いた。

毎日違うところに出かけて、フンをする。

今日はどこでしようかと考えるのも楽しい。

朝日を浴びた木々の美しさを鑑賞しながら、踏ん張る。

糞をするとすぐに蝿が集り、みるみる4、50匹も集まってくる。

そんなところからも自然の豊かさが見て取れる。

たまたま2日前に糞をした所を見てみた事があるが、トイレットペーパーだけを残して跡形も無くなっていた。

人のうんこはどうやら美味しいらしい。

汚いと思われるかもしれないが、誰でもうんこをするし、たまたまそれがトイレではなく、森の中だというだけだ。

自然に優しい行いだと勝手に考えている。

紫陽花の季節

 

 

最高のご褒美

日曜日にヤマネコの絵がようやく完成した。

完成したら祝杯をあげようと思って、楽しみにしていた。

 

この日は宿の家族の皆さんが朝早くから福岡に出掛けて行った。

誰も居ないアトリエでヤマネコの絵の制作も、最後の仕上げがはかどった。

夕ご飯の前に、髭の白い線のマスキングを剥がして、終了した。

急いで犬の散歩に出掛けると夕日が輝いていた。

今まで夕日の写真を撮りたいと宿の主人に話していたがタイミングが合わず、なかなかその機会が無かった。

今日行くしかないと、夕ご飯を食べ終えて、ビールとカメラを持って、山を登った。

いつもの眺めのいい所まで上ると、丁度海に陽が沈む30分前だった。

一仕事が終わり、陽が沈むのを眺めながら味わうビールは最高だった。

 

朝鮮海峡に沈む夕陽

 

昆虫天国

子猫との生活は楽しいが、大変だ

母親を求めて泣き叫び、僕の肩に登ってはうなじや、首を突くように舐める(吸う)。

子猫の爪が鋭く手が傷だらけになるし、子猫の舌なのにザラザラで、舐められると痛い。

部屋中を歩き回り、物を倒し、ひっくり返し、絵を描く所ではない。

そんなこんなで大変だと愚痴ると、宿のお婆様が引き受けてくれる事になった。

この猫を新潟に連れて帰ろうかとも考えたが、新潟の借家はペット禁止なのでそれも出来ないだろう。

この家の猫になるのなら、この家の人の手に託すのが良いのだろう。

たまに覗いてみるが、とても元気だ。

 

猫が居なくなると、部屋も片付いて、仕事もはかどる。

もうすぐヤマネコの絵が完成しそうだ。

 

何度も繰り返すが、対馬は自然がとても豊かだ。

それを具体的に感じているのが、昆虫の多さだと思う。

おおナメクジ、カタツムリ、斑猫やら、いろんなカミキリムシ、クワガタ、マイマイカブリ、ミツバチにオオスズメバチ、大きなムカデも全然珍しく無い。

それらを餌にしている、ネズミや小鳥、それを食べている対馬ヤマネコは対馬の自然の豊かさを象徴する存在なのだろう。

 

蛍が今の時期は、夕暮れ時から沢山出ている。

蛍を見に車で走ると、ヘッドランプの目の前を鹿が横切り、テンが走り去り、昨日は猪親子に出会した。

蛍スポットに着いて、車のライトを消すと、静かな川の流れに蛍のトンネルが、渦を巻くように、ずーと向こうまで続いていた。

蛍の渦