流れ2

奥さんがその産婦人科を知ったのは、ぼくと付き合い始めた二年前の秋頃だったらしい。
インターネットで何気なく見た記事「自然な出産」というキーワードに反応して、検索して行った所、ある産婦人科の院長の考えに方に辿り着いた。
その産婦人科がぼくの実家のある、愛知県の岡崎市にあるというので彼女は興奮していた。

その院長の講演会が東京であるというので、二年前の12月にぼくも一緒に出席した。
熱っぽく話す彼女の反応に、初めは付き合いのつもりで多少疑問を持ちつつ講演会に出席したのだが、院長の話を聞くうちに何の違和感が生じる事も無く、すんなりと受け入れる事が出来た。
むしろ心地よく感動的な話が多かった。

彼女はその頃子供を造る気満々で、友だちにも話していたらしい。

その後去年の春頃にぼくが埼玉から新潟に転居すると言いつつ、仕事や個展の関係でなかなか越してくる事が出来ずにいて、結局延び延びになり一年が過ぎてしまった。
彼女の気持ちの中から出産に対する思いも消えかかっていたらしい。
ようやくこの四月に僕が新潟に引っ越して、結婚式、個展と続いた忙しい中で彼女がお腹が痛い、というので婦人科の医者で診てもらった所、子供が出来ていた事が発覚した。
その婦人科の先生に、高齢出産なので町の産婦人科では診てもらえないだろう、大学病院で診てもらいなさいと言われた。
翌日考えた末に、断られるのを覚悟して岡崎市にある産婦人科に予約した。
そして昨日その産婦人科を二人で訪れた。

日曜日の朝こちらを出て、車で出かけたが気候も良く、山間では新緑が美しかった。
次の朝は金環日蝕というので早起きしたのだが、岡崎の上空には雲が掛かり残念ながら観察する事は出来なかった。
前の日から父親が肉眼では太陽を見るな、としつこく言うのだが、僕自身はそんな事言われても何気に診ちゃうに違いないと軽い気持ちで居たので、きっと雲が僕の網膜を保護してくれたんだろう。その後朝食を食べて、郊外の山野を二時間歩いて、お墓参りをして、幼なじみのケーキ屋さんでケーキを買い、予約した時間の20分程前に病院に着く。
病院に向かう車中、「彼女は試験に行くようだ」と言っていた。
ここで受け入れられれば、この病院に通い岡崎で産む事になるかもしれない。
駄目だったら新潟の大学病院のお世話になる事だろう。

診察の前にお産の館という茅葺きの日本家屋を見学させて頂いた。
これはその医院が舞台の「玄牝」という映画の舞台となった建物で、緑に囲まれた茅葺きの日本家屋にはゆったりとした時間が流れていた。
病院での診察はぼくも立ち会い、40分程だろうか話の内容はシンプルで、高齢なので子供を産めるような身体をしっかり造りましょうというようなお話で、エコー写真には子供かなあと思われる黒くて細長く丸い物が写っていた。
二週間後にまた診てもらう約束をして、夜の高速を新潟迄走り続けた。

しかし、不思議な話だ、新潟と岡崎、そこに重なる接点がいくつもあったりして。

その後どうなるか、未来の事なんて何もわからない、この流れに乗っていこうと思う。